頑張る人の物語

船橋力

『 船橋力との出会い 』5/5編

■売上ゼロのウィル・シード

 こうして、会社としての登記も済ませて2000年3月からウィル・シードは業務を開始した。まず行うべきこと、それはトレーディングゲームを小・中学校の総合学習の時間に導入をしていくことだった。

 船橋と谷口はトレーディングゲームの体験会を何回も開催していった。会場はいつも千駄ヶ谷にある東京体育館のセミナールームを使っていた。LPCでのネットワークもあり学校関係者なども交えて体験会の参加者は毎回20~30名程度が参加してくれた。参加者からの評判はとてもよかった。

 「これは生徒達も喜ぶ!」  「是非授業で活用していきたいです!」 多くの教師達も喜んでくれた。船橋と谷口はそんな意見を聞いて、そして体験会の参加者達の楽しむ顔を見てそう感じていた。やはりこれは成功する!!最初あった不安はすぐに期待と確信へと変わっていった。

 しかし、7月8月となるとその期待は再び不安へと変わっていった。正式な受注が一つも取れないのだ。教師は喜んでくれる。教育関係者も喜んでくれる。しかし、教師には授業を自らで選択していく権利はなかった。ましてやそこに予算をあてがうことは出来なかった。教育関係者も個人では何の決定権も持っていなかった。船橋達は学校へ営業に行ってもいい反応は貰えず、途方に暮れていた。

 学校を相手にしていては意思決定が遅く、また安定的な予算獲得が難しい。事業体として学校を顧客とすることには無理があることに船橋と谷口は気がついた。収入が一切入ってこない生活が何ヶ月か続いた

■企業内人財育成への転向

 数ヵ月後、船橋は決意した。顧客を学校から企業へと転換していくことを。

船橋は思い出した。初めてトレーディングゲームを受けた時に自分の強み・弱みも分かり、それを日常の業務に活用したら業務効率が良くなったことを。トレーディングゲームは企業の研修にも活用する事が出来る。自分が参加者として感じたことを他人にも伝えていくだけである。これなら上手くいくのではないか、船橋はそう信じていた。

 それから、トレーディングゲームを船橋は少しアレンジをした。企業の人事研修に活用していけるようにゲーム後の解説でビジネスの基本思考フレームを伝えるセッションを設けたり、参加者がより自己の強みや弱みを明確にできるシートを作成したりと自らが伊藤忠入社後に受けた新人研修の様子も思い出しながら改良を重ねていった。こうして、企業内人材研修にも活用できると自信を持って提案できるパッケージをつけて船橋と谷口はトレーディングゲームを活用しての人事研修を企業に売り込んでいった。 売り込む先はたくさんあった。船橋は起業まで、多くの人に相談に乗ってもらっていた。LPCのネットワークにも3000人はいたし、起業を決意するまでは2ヶ月で100人の仲間とあっていた。皆が船橋の熱意に共感しており、応援したいと言ってくれていた。彼らは皆トレーディングゲームを体験しており、この体験を通じて多くの刺激を得ていた。仲間は皆、自信を持ってそれぞれの会社の人事研修担当者を紹介してくれた。とはいえ、全く新しい研修内容であった。最初は人事担当者もこのトレーディングゲームが本当に研修に活用していけるのか、不安な色を隠せなかった。

だが、風は追い風だった。2000年11月にソニーで導入をすることが決まり、すぐにマイクロソフトでも導入が決定すると次から次へと合計30社以上がトレーディングゲームの導入を希望してきた。研修の対象の多くが新入社員だったので、翌2001年4月に研修は集中した。船橋、谷口が講師を務めてトレーディングゲームを行っていく。参加者の楽しげな様子やはっと気づく顔は非常に喜ばしいものであった。

そして、参加者および研修担当者よりの事後アンケートの結果は非常に高いものであり、ほとんどの企業が継続的な導入を希望していた。トレーディングゲームを企業の人事研修に活用していくというアイディアは大成功だった。船橋と谷口は忙しい4月を喜びながら過ごすこととなった

■何のために動くのか

 4月の研修が一段落すると、5月の連休に船橋はフィジーへ、谷口はゼブ島へとそれぞれ休暇を取ることにした。一緒に同じ場所に行くのではない。それぞれ、一人で違う国へ行き、何かを考えてこようということにした。

 船橋はフィジーで考えた。谷口もゼブ島で考えた。帰国後、船橋は谷口に尋ねた。「俊さ、何考えてた?」「そういう力は何考えてた?」二人の答えは一緒だった。「資本主義ってなんだろう?」もともとは学校教育を変えていきたいとい思いがあり起業をした。しかし、それがすぐには実現されないことを知ると対象を企業へと方向転換をしている自分達がいた。もしかしたら夢を見失って、日銭稼ぎに走ってしまっていたのかもしれない。ふと二人はそのように考えていた。

 だが、現実はそうでないことに二人はすぐに気がついた。船橋と谷口は何も学校教育がしたかった訳ではなく、教育がしたかった。教育の対象は子供だけではなく、もちろん大人も含んでいた。彼らに対して、様々な価値観や視点があることを伝えていきたかった。そのためにトレーディングゲームという商品を開発してきた。

 4月の研修を受けた受講生は非常に喜んでいた。そして、気づきを得ていた。これはこれで非常に価値があることだ。二人はそう考えられるようになっていた。そして、しばらくは企業を相手とする研修事業に特化して行こうということを決定した。実際に企業からの反応は極めて高かった。わずか3年で170社の顧客に研修を行ってきたことは冒頭にも述べた。

多くの企業が研修内容としてトレーディングゲームの価値を認めていた。参加者が自らの強み、弱みを気づくことができる。他人との協調性の必要性について気づいてくれる。ビジネスの全体像、基本思考フレームに気づいてくれる。多くの研修要素がこのゲームには詰まっていた。

■学校教育事業のスタート

 社員も増え、会社は組織体としてもしっかりとしたものになっていった。わずか3年間で170社もの企業への導入実績を持つことや「教育を通じてよりよい世の中を」という理念に共感する人が増え、ウィル・シードという会社は起業家の間でも教育関係者の間でも噂がされるようになっていった。

 こうした事が効を奏した。経済産業省が小・中学生を対象として起業家精神育成プロジェクトを行っており、他の教育NPOや企業とのコンペティションの結果、ウィル・シードがこの事業の実施企業に選ばれたのだ。 最初は学校教育を変えていきたかった。教師よりの期待・評価は高いものの、どこが窓口かも分からず仕事としての受注は一つも受けられていなかった。

だが、企業での導入実績が認められたことで、経済産業省から3年目にして学校教育への導入機会を得ることができたのだ。しかも、90クラス以上の学校に対してトレーディングゲームを導入していくことを希望されたのだ。

 船橋と谷口、そして既に入っていた多くの社員にとってこれほどうれしいことは無かった。実際に日本の教育を変えるきっかけを掴む事ができた。そのプレイヤーに自らがなることができた。この嬉しさは言葉として表しようがないものだった。 2002年12月から2003年3月にかけて、ウィルシードにとって初めての学校教育事業が行われた。1クラスあたり半日間かけてトレーディングゲームとそれを踏まえての社会の構造を考えるクラスを行った。

 このプロジェクトの業務設計をするために、2002年10月にウィルシード社員以外から成るプロジェクトチームが組成された。全部で4人のチームの中に僕も加えられた。そして、このチームに加わったからこそ僕は自分自身が証人として伝えることができる。トレーディングゲームは子供達に与えたその影響の大きさについて

■教育問題

 いま、学校教育に関しては様々な問題が言われてきている。教師のモラルに問題がある、受験に問題がある、学校に期待しすぎる親に問題がある、勉強をしなくなった生徒に問題がある、教育基本法に問題がある・・・。

一体日本の教育のどこに誉めるべき所があるのかと思ってしまうほど、人は様々な点で生じている問題を指摘する。そして、「それではどうすればいいのか」という提案・議論については体系的になされていないような気もする。

 「教師はもっと社会を知るべきだ。“何のため”に勉強をするのかを生徒に伝えるべきだ」 「親はしつけを自らすべきであり、学校にそこを期待しないべきだ」 のように様々な“解”らしきものは提唱されているが、それらは提唱されるだけでは何の解決にもならないし、提唱されている内容自体も分かるようで分からないものが多い。

 でも、ウィルシードが行った総合学習はまさしく日本の教育における問題に解をもたらすものだったと僕は確信している。

 学校教育における問題を少し考えてみたい。
 
  まず、学校教育において多くの人が勘違いしていることは学校では『教師が教えるべき』という事だと思う。しかし、実際に生徒が最も学び、最も影響を受けるのは教師ではなく同じ生徒によってではないだろうか?

小・中学生の頃のことを少し思い出してみる。難しい数学の問題を誰から教わった時に理解が出来たかということを。それはクラスの優等生に説明してもらった時だった気がする。進路について悩んだ時、誰の影響を一番受けたかを考えてみる。それは、進路を決めた周りの友達だった気がする。 おそらく人には同世代の共通意識というものが存在している。人が最も影響を受けるのは、やはり自分と同じ環境にある同世代の仲間だ。それは決して教師ではない。いくら教師に正論を言われても、それは他者から入ってくる言葉になってしまう。

 教師がすべきこと、それは教えることではなく答えることだと思う。生徒が興味関心を持ち、尋ねてきたことに対して答えていくことこそが教師の役割なんだと思う。その質問に対する答えをその場で持ち合わせていなかったら一緒になって考えていくこと、その過程が大事なことだと思う。人が最も成長するのは教えられる時ではなく、自ら学ぶ時だと思う。人は学びたいことは学びたいのであり、学びたくないことは学ばない。そういうものなんだと思う。

 トレーディングゲームは、自分への興味、他人への興味、社会への興味を喚起させるのにうってつけのコンテンツだった。だからこそ生徒にもウケがよかったのだろうし、周りでみていた先生にも自分の生徒があんなに積極的になる瞬間を目の当たりにして感動を与えることができたのだと思う

■トレーディングゲームの効果

 多くの人がトレーディングゲームの底力を学校教育事業を通じて再確認した。トレーディングゲームを体験することで、人は自分を知り、他人を知り、社会を知ることが出来る。まさしく学校教育に求められていることを一つのゲームを通じて行うことが出来るのであり、しかも楽しく体験することができる。

 生徒からの評判は良かった。経済産業省が今まで実行してきたどのプログラムよりも評判が高い点数がアンケートの結果あがってきた。そして、その効果はアンケート結果以外にも現れていた。学校現場でトレーディングゲームを実施していく過程でいくつかの奇跡が起きた。自閉症であった生徒が急に喋りだしてチームを勝利に導く活躍をしたり、問題児とされていた生徒が初めてクラスメイトと協業作業を行うことで友情関係が生まれたり。そして、受講生達はビジネスの仕組みや南北問題の構造などをゲームを通じて楽しく把握することができたことに喜びを隠せないでいた。

 ここまでの効果があるとは、正直な話、船橋自身も想定をしていなかっただろう。船橋も生徒は興味を持てば勝手に学ぶという事を感じていた。そのためには興味を持たせるために“気づき”を与えていく必要がある。そして、興味を持った後に自ら学んでいく際の“基本的な思考フレームワーク”を教えてあげること。これで生徒の興味関心はさらに深くなっていくのではないかと思う。

 学校が持っている資産は知識ではない。集団作業が出来ることであり、なぜか時間になると人が集まるという点が最も大きい資産だ。この資産を活用して、楽しく自分と他人と社会を知ることができる学びの内容として、トレーディングゲームは打ってつけのコンテンツだった。遠回りはしたが、船橋は学校という、起業時に目標とした対象にトレーディングゲームを導入することが出来た。そして、高い評価を得ることが出来た。恐らく、この事業は今後も継続されていく。そしてもちろん、社会人に対する教育も引き続き行われていくこととなる。

 子供の頃から抱えていた問題意識。すなわち、様々な価値観・考え方があることを多くの人に伝えていきたい、そしてその『知ること』を通じて他人との差異を個性として受け入れることができ、互いを互いに認め合うこと社会にしていきたいということはもちろんまだ達成されていない。しかし、今後も船橋はこの問題意識を解決するためにトレーディングゲームはじめそれを改良したコンテンツによってより多くの人に感動と気づきのきっかけを与えていきたいと考えている。そしてそんな船橋はより多くの共感を得てさらに事業も拡大していくと多くの人が確信している

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